なぜ人は抜けられなくなるのか?元コミュニティマネジャーが『Cultish』を読んで考えた、カルトと言葉、そしてコミュニティづくり
- ptakuyap15
- 1月16日
- 読了時間: 8分

私はこれまでコミュニティマネジャーとして、オンライン・オフライン問わず人をつなげるコミュニティ作りに取り組んできました。
特に世界最大級の口コミサイトYelpの日本立ち上げメンバーとして、まだまだコミュニティマネジメント黎明期の2014年にコミュニティマネジャーとして、1人で0からコミュニティを作り上げた経歴は、今でも誇らしく思っております。
そんな私が最近読んだ Amanda Montell さんの『Cultish: The Language of Fanaticism』 は、タイトルからして興味深い一冊でした。
冒頭で 「Jonestown」などの宗教カルト と 「クロスフィット」などのフィットネスカルト が並べられていたのを見て、「これはただの宗教書ではなく、現代のコミュニティ作りにも通じる話があるのでは?」と感じ、手に取りました。
残念ながら2026年1月現在では、日本語版は出版されていないようです。
1.「Cultish」の概要

『Cultish』では、宗教カルトに限らず、
・自己啓発プログラム
・ネットワークビジネス (MLMともいわれます)
・フィットネスコミュニティ
・SNSやオンラインコミュニティ
など、人が抜け出せなくなる「カルト的集団」の特徴が実例とともに解説されています。
Amandaさん自身の経験や、実際に特定の「カルト的集団」に入っていた人にインタビューした内容を含んでいるので読みやすかったです。
また、「カルト的集団」は一概に悪いという偏った見方で書かれた本ではないのも良かったです。
2.カルト的な言葉の特徴

本書で特に印象に残ったのが、言葉の力です。
"カルト集団を作るのは思想ではなくて言葉。”という説明がされているように、種類は違えどの「カルト的集団」も「カルト的言葉」を使用しているという共通点が説明されています。
ここでいう言葉とは特定の決まったフレーズではなく、特定の同じ働きをする言葉です。
以下が印象に残った「カルト的言葉」の一例です。
・「私たち vs 彼ら」といった外部との線引きをする言葉
>>社会は〇〇でよくない、私達が〇〇だから優れている、など
・内輪だけが理解できる省略語や呼び方
>>AMRAP(クロスフィットする人ならわかるこの言葉)やメンバーの階級をプラチナ、ダイヤモンド、パールと分けてみたり、、、
・過剰な褒め言葉の嵐(ラブボミング)
>>暗闇で行うフィットネス系インストラクターがいいそうな、「You are great!」とか、ネットワークビジネス誘う時によく聞く「あなたにはポテンシャルがある」とか(笑)
・疑問を打ち消すフレーズ
>>あれこれっておかしくない?と集団のやり方に疑問があると、毎回同じフレーズで片付けられる。(例):なかなか成績でないけどなんで?>『最初はみんなそう!』
こうした言葉の話術によって、集団の内側にいる自分たちを特別だと感じさせ、外の世界から心理的に距離を作ることができます。表面的には前向きに見えても、思考停止を誘う側面もあるのです。
3.サンクコストバイアス:抜けられなくなる心理

本書でも紹介されていた「サンクコストバイアス」は、コミュニティに深く関わるほど抜けられなくなる心理です。
一番分かりやすいのがヨガでのシチュエーション。
ヨガ教室に通っていたらインストラクターからクラス後に呼び出され「あなたは素質がある。(ラブボミング)インストラクターになることに興味がないか?」と誘われる。
「まずは初級レッスンを〇〇円で受けてみて、私の紹介だから〇〇パーセントやすくなるから。」
*初級レッスンを終える。
「今度はこれを受けないと。これは選ばれた人たちが受けれるレッスンよ。〇〇円だけど。これが終われば、インストラクターとして教えれるようになるのはすぐそこ。」
*終える。
「最後の試験にはこれを受けないとだめよ」
、、、、

ちょっとおかしいとわかりつつも、今まで費やした時間とお金のことを考えると、辞めることができなくなる。これが「サンクコストバイアス」です。
ネットワークビジネスやフィットネスクラブでも、一度やめると〇〇という階級がなくなるとポイントが0になるとか言われると辞めれなくなるのも同じですね。
これも心理的に人を縛る大きな要素の一つです。
4.SNSは個人が作る小さなカルト?

インスタグラムなどのSNSも、ある意味「小さなカルト」を作るプラットフォームと言えます。
・フォロワー=信者のような構造
・投稿内容で思想や価値観を発信
・自分の内輪的な言葉や文化を作り出せる
5.危険なカルトと健全なコミュニティ(カルト)の線引きはどこか?

この本を読んで何度も考えたのが、
「じゃあ、どこからが危険で、どこまでは健全なのか?」という点でした。
結論から言うと、『Cultish』では明確な一本線が引けるわけではないとされています。
危険なカルトと健全なコミュニティは、はっきりと二分できるものではなく、グラデーションのような関係にあります。
ただし、いくつか「越えてはいけないサイン」はあります。
5.1.違和感や疑問を持つことが許されない
健全なコミュニティでは、「ちょっと合わないかも」「これはおかしくない?」と感じたときに、それを口にする余地があります。
一方、危険なカルトでは、疑問そのものが否定されます。
・「それを疑うのは成長していない証拠」
・「まだ本質が見えていないだけ」
・「信じ切れていないあなたが問題」
こうした言葉で、考えること自体を止めさせるのが危険な兆候です。
5.2.個人よりも集団が常に優先される
健全なコミュニティは、最終的な判断を個人に委ねます。
参加してもいいし、離れてもいい。
一方で、危険なカルトでは、
・家族や友人よりもグループを優先させる
・「ここを離れたらあなたはダメになる」と不安を煽る
・外部の人間を「理解できない側」として切り離す
といった形で、集団への依存度を高めていきます。
5.3.やめる自由が本当にあるか?
これは非常に分かりやすい判断基準です。
・やめた人が普通に扱われているか
・去る人に対して悪口やレッテル貼りが行われていないか
健全なコミュニティなら、「合わなかったんだね」で終わります。
危険なカルトでは、「裏切り者」「失敗者」として語られがちです。
5.4.サンクコストバイアスを意図的に強めていないか
本書で触れられていたサンクコストバイアスも、線引きの重要なポイントです。
・高額な参加費
・ステップアップ制の講座や資格
・「ここまで来たんだから、やめるのはもったいない」という空気
時間・お金・人間関係を多く投資させることで、「やめる」という選択肢が心理的にどんどん重くなっていきます。
健全なコミュニティでは、これが無意識に起こることはあっても、
意図的に利用されることはありません。
5.5.プライベートな時間まで支配されていないか?

もう一つ、個人的に「これはかなり危ないサインだな」と感じたポイントがあります。
それは、そのコミュニティの外にいるときでさえ、思考や話し方が抜けなくなっている状態です。
たとえば、
・家族や昔の友人と話しているのに、無意識にそのコミュニティ独特の言葉を使ってしまう。
・相手が興味を示していないのに、思想や価値観を「正しいもの」として説明したくなる
・何気ない日常の出来事を、すべてそのコミュニティの文脈で解釈してしまう
こうした状態は、「熱中している」レベルを超えて、思考のフレーム自体が乗っ取られ始めているサインかもしれません。
5.まとめ

『Cultish』を読んで強く感じたのは、カルトとは「特別で異常な集団」ではなく、私たちのすぐ身近にある構造だということでした。
宗教、フィットネス、自己啓発、SNSコミュニティ。
どれも本来は人生を豊かにする可能性を持っています。
問題は、そこに使われる言葉や空気が、いつの間にか「考える余地」を奪ってしまうことです。
疑問を持てなくなっていないか。
離れる自由が本当にあるか。
その価値観を、無意識に他人に押し付けていないか。
プライベートな時間まで、同じ言葉と思考から抜け出せなくなっていないか。
こうした問いに立ち止まれるかどうかが、健全なコミュニティと危険なカルトを分ける、一つの境界線なのだと思います。
一方で、コミュニティ運営を仕事として行う場合、メンバーに何らかの「行動」を促す必要があるのも事実です。
その過程で、この本で紹介されていた「カルト的な言葉」と、完全に同じではないにせよ、似た手法を使っていた場面があったことも否定できません。
だからこそ、今あらためて自分の過去を振り返ってみて、ひとつだけ嬉しく思っていることがあります。
それは、当時関わっていたコミュニティ自体はすでになくなってしまったけれど、そこで出会った人たちと、今でも友人関係が続いていることです。
できれば、私とその人たちだけでなく、私の知らないところでもメンバー同士の横のつながりも、今もどこかで続いていたら、嬉しいなあと感じました。
ひとつ気になるのが、私以外のメンバーの横同士のつながりも今でも続いているか。
「yelp」というコミュニティがなくなったあとでも、「yelp」のことなんて忘れたくらい全く会話にもでてこないけど、今でも仲良くしている。
そうであればいいなと思いました。
コミュニティマネジメントに興味がある人もない人も、とても興味深い内容の本なので読んでみてください。



























コメント