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『ライフ・オブ・パイ/虎と漂流した227日』考察|2つの物語のどちらを信じるか【ネタバレあり】

  • 執筆者の写真: Takuya Sakoda
    Takuya Sakoda
  • 5月12日
  • 読了時間: 9分
Life of Pi

最近ストリーミングで『ライフ・オブ・パイ/虎と漂流した227日』を久しぶりに観返した。公開から10年以上経つけれど、観終わったあとに残るあの不思議な余韻は変わらないな、と改めて思う。

「美しい映像の映画」とよく語られる作品だ。それは間違いない。

でも私にとってこの映画の本当の凄さは映像美ではない。ラストシーンに辿り着いたとき、観客に「あなたはどちらを信じますか?」と静かに問いかけてくる、あの構造そのものにある。

今回はネタバレなしで魅力を紹介したあと、後半でしっかりネタバレを含めて私なりの解釈を書いていきたい。



作品概要|原作はブッカー賞受賞のベストセラー小説

項目

詳細

邦題

ライフ・オブ・パイ/虎と漂流した227日

原題

Life of Pi

公開

2012年(日本公開:2013年1月25日)

監督

アン・リー

原作

ヤン・マーテル『パイの物語』(2001年発表)

原作はカナダ人作家ヤン・マーテルが2001年に発表し、翌年ブッカー賞を受賞した世界的ベストセラー小説『パイの物語』だ。

映画化を担当したのは『ブロークバック・マウンテン』のアン・リー監督。『ライフ・オブ・パイ』でアン・リーは2度目のアカデミー賞監督賞を受賞している。



「ライフ・オブ・パイ」ざっくりとしたあらすじ

南インドのポンディシェリで動物園を営む家庭に生まれた少年パイ。

父はビジネスマン気質の現実家でベジタリアンでもなく無宗教。対するパイ少年はかなり変わっていて、子供の頃からヒンドゥー教・キリスト教・イスラム教を掛け持ちで信仰し、ベジタリアンとして肉も食べない。おじさんは見るからにマッスルムキムキの愉快な人物として描かれていて、映画前半は家族のキャラクターのおもしろさで気持ちよく入っていける。

家族は動物園を畳みカナダへ移住することを決め、動物たちとともに日本の貨物船に乗り込む。しかし航海の途中で船は嵐に遭い沈没してしまう。

たった一人救命ボートに逃げ込んだパイだったが、気づけばボートには動物園から連れてきた数頭の動物たちが残されていた。

そこから始まるのが、タイトルにもなっている227日間の漂流の物語だ。



ネタバレなしで語れる魅力

ここまでが大まかなあらすじ。映画の前半は陸での少年時代が3分の1ほど描かれ、残りが漂流のパートという構成になっている。


圧倒的な映像美


Life of Pi

公開当時は映画館で3D上映が定着しはじめた頃だった。実は当時私は映画館でバイトをしていて、3D映画が次々と公開されていく雰囲気を売り場の側から間近で見ていた。『ライフ・オブ・パイ』はその波の中でも特に話題になった一本だった記憶がある。

そして今ストリーミングで2Dで観ても、この映画の映像美はまったく色褪せない。

夜の海に発光するクラゲの群れが浮かぶシーン、月光に照らされたクジラが海面から飛び出すシーン、満天の星空が水面に映り込むシーン。漂流の苦しさよりも自然の途方もない美しさのほうが印象に残るくらいだ。

漂流ものというよりファンタジー寄りの絵作りで、物語の重さを直接ぶつけずに静かに観客を包み込んでくる。


音楽もすばらしい


劇伴を担当したマイケル・ダナはこの作品でアカデミー賞作曲賞を受賞している。映像と物語の余白を埋めすぎないやさしい音作りで、観終わったあとも曲だけ聴きたくなる。


最後の数分で世界が反転する


そしてこの映画の本当の魅力は最後の数分にある。

「美しい漂流の話」だと思って観ていた観客は、ラストシーンで静かに足元をすくわれる。ファンタジー映画ではないのにファンタジーのように撮られていた理由が、その瞬間にすっと腑に落ちる。

ここから先はネタバレを含むので、未見の方はぜひ一度観てから戻ってきてほしい。




ここから先はネタバレあり

入れ子構造の語り|「あなたが信じる物語を選んでほしい」

『ライフ・オブ・パイ』は入れ子構造になっている。

カナダで暮らす大人になったパイのもとへ、ある作家が「素晴らしい物語があるらしい」と訪ねてくる。パイがその作家に語って聞かせる回想として漂流の物語が進む。

私たち観客が映画の大半で観ているのは、大人のパイが自ら語った"一つ目の物語"だ。 *「入れ子構造」とは「物語の中にもうひとつ物語が入っている形式」を指す。ロシアのマトリョーシカ人形のように外側の話の中に内側の話が収まっているイメージ。



一つ目の物語|動物たちと過ごした227日


漂流ボートに残っていたのはシマウマ・ハイエナ・オランウータン、そして大型のベンガル虎リチャード・パーカー。

弱肉強食はあっという間に進む。ハイエナがシマウマを食い殺し、母(と思われる)オランウータンも襲われる。そこへ虎が現れハイエナを倒し、残ったのはパイと虎だけになる。

少年と虎の絶妙なパワーバランスを保ちながらの漂流。途中で奇妙な肉食の島に立ち寄り、やがて227日後にメキシコの海岸にたどり着く。虎リチャード・パーカーは振り返ることもせずジャングルへ消えていった。



二つ目の物語|病院で日本人調査員に語った話


陸に戻り入院しているパイのもとへ、沈没船を運航していた日本の貨物会社から調査員がやってくる。

パイは動物の話を語るが、調査員は信じない。「もっと信じられる話を聞かせてくれ」と促される。パイの表情がふっと変わる。そしてもうひとつの話を語り始める。

漂流ボートに乗っていたのは動物ではなく人間だった。パイ自身と、料理人のコック、怪我をした日本人の船員、そしてパイの母。

このコックという人物は映画の前半で、ベジタリアンのパイの母と対比されるかたちで描かれている。「ベジタリアンってなんやねん」と言わんばかりにとにかく肉が大好きで、ふたつ目の物語ではボートでの動きも極めて利己的だ。食料が尽きるなか、コックは弱った船員をナイフで殺して食料にし、それを止めようとしたパイの母も殺害する。そして最後に、パイ自身がコックを手にかけた。

それ以上は語らないが、観客には伝わる。生きていくために必要な手段をとったのだ。

そしてパイは静かに問う。「あなたはどちらの話を信じますか?」

劇中の作家は少し考えてから答える。「動物の話のほうを信じます。」

パイは静かに微笑んで「ありがとう」と返す。そして家族が帰ってきて映画は終わる。



私はこう解釈した|真実は「人間の物語」のほうだと思う

ここからは私の解釈になる。

私は、漂流ボートで実際に起きていたのは"二つ目の物語"のほうだと思っている。そして虎リチャード・パーカーは、生き延びるために自分が引き受けざるを得なかった「もうひとりのパイ」の象徴だったと考えている。

そう解釈する根拠が映画のあちこちにちりばめられている。


根拠1|映画全体に流れるヒンドゥー教の世界観


パイは少年時代から複数の宗教を同時に信仰している。ヒンドゥー教、キリスト教、イスラム教。父はその姿勢に呆れているが、パイは「神を愛する方法を選びたいだけ」と答える。

なかでも繰り返し描かれるのがヒンドゥー教のモチーフだ。幼いクリシュナが土を口に入れたとき、母がその口を覗き込むとそこにこの世界のすべてが広がっていた、という有名な神話が劇中で語られる。

ベジタリアンとして育ち、アヒンサー(不殺生)を内面化した敬虔なパイにとって、極限の漂流の中で生き延びることは、自分の信仰の根幹と真っ向からぶつかる体験だったはずだ。

クリシュナの口に世界のすべてが映っていた、という神話を映画はわざわざ語らせる。それは「食わねば生きられぬ」という教義の話ではなく、この世の美しさも残酷さも丸ごと神の中にある、という世界観の話だ。

その世界観を借りることでしかパイは漂流の体験を抱えきれなかったのではないか。そう私は思う。


根拠2|「肉食の島」が示唆するもの



漂流の途中で立ち寄る、あの不気味なほど美しい島。

昼間はミーアキャットの楽園で果実が豊富にあるのに、夜になると池の水が酸性に変わり生き物を消化してしまう。

パイが果実の皮を剥くと、中から人間の歯が出てくる。

このシーン、物語の大筋には必要ない。それでもアン・リー監督があえて入れたのは、カニバリズムの暗喩としか思えない。

楽園に見えた場所が実は生き物を喰らっている。それは漂流ボートそのもののメタファーであり、パイが必死に作り上げた"美しい物語"の中にも喰らうことの記憶がにじんでしまっていることを示しているように思える。


根拠3|虎リチャード・パーカーは何だったのか


メキシコにたどり着いたとき、虎は振り返ることなくジャングルへ消える。パイはそのことを今でも泣きながら語る。

ただの虎との別れにしては感情の重さが釣り合わない。

私はあの虎は、生き延びるために必要だったけれど自分では認めたくない自分自身だったと解釈している。道徳的に許しがたい行為をしてしまった部分のパイ。それを「虎」という別の存在として外側に切り離すことで、パイはようやく前に進むことができた。

虎が振り返らずに消えていったのは「忘れてしまわないと生きていけない記憶」との別れだったのではないか。だからこそ大人になった今でも、あの瞬間を思い出すと泣いてしまう。

別れの儀式が成立しなかったから、パイは一生それを引きずっている。そう考えると胸が締めつけられる。


真実より「何を信じたいか」

Life of Pi

何が真実だったのか、映画は最後まで明示しない。

でも考えてみれば、それを突き止めることはもう誰にもできない。パイ以外に生き残った人間は誰もいないのだから。

だとすれば残された問いはひとつだけだ。

パイはこれからの人生をどう記憶として持ち歩くのか。人を喰らってまで生き延びた自分を抱えて生きていくのか。それとも虎と漂流した美しい227日として記憶し直し、残りの長い人生を歩いていくのか。

パイはたぶん10代後半で漂流から戻ってきている。そこから先のほうがずっと長い。

だとすれば後者を選ぶことは決して逃げではなく、生き延びた者がもう一度生きるために必要な選択なのだと思う。

「真実は何か」より「何を信じたいか」。それが残された人生を決める。それが私が受け取ったメッセージだ。



さいごに

『ライフ・オブ・パイ』は美しい映像の映画として語られがちだ。

でも本当はもっと深い、人間の心の防衛と再生の物語だと私は思っている。

観終わったあと誰かと「どっちを信じる?」と話したくなる映画なので、未見の方も久しぶりに観返したい方も、ぜひ一度向き合ってみてほしい。



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