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映画「The Menu(ザ・メニュー)」を観て、趣味を趣味のまま楽しめない時代について考えた

  • 執筆者の写真: Takuya Sakoda
    Takuya Sakoda
  • 7月10日
  • 読了時間: 5分
ザ・メニュー


しばらく余韻が抜けなかった映画がある。『The Menu』(2022年)というサスペンス映画だ。舞台は美食家しか辿り着けない無人島のレストラン。そこで繰り広げられるのは、単なる「怖い話」では片付けられない、料理と評価、そして趣味を趣味のまま楽しめなくなった時代についての話だった。


映画『The Menu(ザ・メニュー)』のあらすじ

映画『The Menu(ザ・メニュー)』(2022年)。ジャンルはサスペンス。

簡単にあらすじを紹介すると、舞台はある無人島。めちゃくちゃ有名なシェフが経営するレストランがあって、そこは本当に招待された人間しか行けない。大富豪、インフルエンサー、美食評論家。そういう選ばれた客だけが、フェリーに乗ってこの島にやってくる。

シェフが「今日は皆さんと一緒に料理を作っていきます」と言って始まるコースは、最初こそ普通の食事のように進む。でも途中からどんどんおかしくなっていく。招待客はそれぞれ何かしらの「罪」を抱えていて、その罪を映すような皿がテーブルに出てくる。浮気をしている俳優カップルには、その浮気の瞬間をそのまま料理にしたような一皿が出される、というふうに。

結末を先に言ってしまうと、このシェフの目的は「今日集まった客を誰も帰さないこと」だった。最後は客全員に「料理の一部」になってもらう、つまりレストラン自体を爆破して、皆で最後のメニューになる。もちろん客は逃げようとするけれど、逃げられない。シェフだけでなくスーシェフたちも相当追い詰められていて、自分をアートとして提示するために自らの命を絶つシーンまである。ここは正直かなり衝撃的で、目を背けたくなる人もいると思う。ただグロテスクな描写がずっと続くタイプの映画ではない。

このネタバレは予告編にも入っている範囲だと判断して話したけれど、この展開を抜きにこの映画を語るのはほぼ不可能だと思う。



なぜシェフはここまでしたのか

映画の中盤で発覚するのだけれど、招待された客は皆どこかでこのシェフと関わりがあった人たちだった。つまりこれは復讐劇でもある。

シェフが憎んでいたのは、料理を「本で読んだ知識で語りたがる人たち」だ。お腹が空いて、美味しいものを食べたくて、対価を払って料理を楽しむ。本来そのはずの関係が、いつのまにか「評論家に何か書かれたら店が終わる」という恐怖に支配されるようになっている。料理人が評価に怯えながらペコペコ料理を作る世の中への苛立ちが、この復讐の根っこにある。

象徴的だったのが、主人公の女性と一緒に来ていた男。料理の知識だけは異常にあって、シェフの大ファンを自称し、周りが何を言っても「自分の方が詳しい」という態度を崩さない。他のキャラクターが次々と命を落としていく中でも、彼だけは冷静に料理を分析し続ける。終盤、シェフに「じゃあお前が作ってみろ」とキッチンに呼ばれるのだけれど、当然何もできない。シェフが耳元で何か囁いた後の彼の結末は、この映画の中でも特に衝撃的なシーンだった。



唯一生き残った女性

主人公になるのは、その「知識だけの男」が金を払って連れてきた、実は本当の恋人ですらない女性。フーディーでもなんでもない、ごく普通の人だ。

彼女だけが最終的に島から生きて出られる。理由については諸説あると思うけれど、僕が一番好きなのは終盤のワンシーンだ。彼女はシェフのオフィスで、若い頃のシェフがバーガーショップで働いていた頃の雑誌の切り抜きを見つける。そこに写っているシェフは、今とは見違えるほど幸せそうな顔をしていた。

この女性は最初から最後まで一貫してブレない。他の客がシェフの言うことに従順に従う中、彼女だけは「これは食べたくない」「こんなものは食べない」とはっきり言う。最後、シェフに「何が食べたいか」と聞かれた彼女は、正直に「お腹が空いたからチーズバーガーが食べたい」と答える。周りは「なぜここでファストフードを頼むんだ」という空気になるけれど、シェフの顔色は明らかに変わる。彼は裏に戻り、まだ料理が純粋に楽しかった頃を思い出しながら、丁寧にチーズバーガーを作る。彼女はそれを豪快に頬張り、「うまい」と言う。シェフの顔にも少し笑みが戻る。

そして彼女はテイクアウトを申し出て、フェリーで島を出ることを許される。



映画「The Menu(ザ・メニュー)」を観て考えた、趣味を趣味のまま楽しめない時代

このシェフも、かつては料理を純粋に楽しんでいた人間だったはずだ。でも評価されることが成功の条件になってしまうと、誰にとっても心から楽しめる作業ではなくなっていく。

これを見ながら、少し前にどこかのポッドキャストで聞いた話を思い出した。今は趣味を趣味のまま楽しめなくなっている、という話だ。

たとえば走るのが好きでランニングをしていたとする。でもSNSが当たり前になった今、何かをやろうとするたびに「これをシェアして恥ずかしくないか」という気持ちが先に立つ。ウクレレを弾いても「こんな下手なやつ投稿していいのか」と手が止まる。ランニングでも「このペースを人に見せるのは恥ずかしい」と続かなくなる。SNSだけが原因ではないと思うけれど、他人が勝手に評価する・されやすい(しかも匿名でできる)世の中になったことで、趣味が趣味でいられなくなっている。

これはランニングの話にもそのまま通じるところがある。

先日、久しぶりにガーミンをつけずに走ってみた。普段はZONE2に入っているか、何分走ったか、常に数字を確認する癖がついている。(言い換えると常に評価を気にする)でも何もつけずに走ってみたら、これが楽しかった。好きな時にペースを上げて、立ち止まりたい時に立ち止まって、隣の景色を眺めながら走る。昔、ただ走るのが好きだった頃の感覚を、少し思い出した。

もちろん外部からの評価やアドバイスは上達する上では必要なものだ。しかし純粋に楽しめる趣味を奪われないように心がけていきたいと感じた。



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