
運動することは大切・健康に不可欠。そんなことは誰しもが知っていることかと思いますが、体を動かすことには、一言や二言で説明できる以上の秘密が隠れさているのです。
今まで運動をしてきた人も、全く運動をしてこなかった人もきっと驚く、体を動かすことの奇跡ともいえる秘密が最近の研究でわかってきました。
そんなびっくりするような前向きに感じさせてくれる発見をまとめた本が、「The Joy of Movement」(日本語版:スタンフォード式人生を変える運動の化学)
この本の中でも特に印象に残ったことをブログにまとめました。
目次:
ランナーズハイの謎
私は18歳の頃、Fujiのピストバイクを乗り回していました。
どこにいくにもこの自転車で。そんなまだ若くてエナジーがある18歳の私に、あるアイデアが浮かんで来ました。
”このピストバイクで、遠くまで行ってみたい”
そんな思いつきから暑い夏の朝に、私は福岡から山口県の下関を目指すことにしました。片道100km近くある、そんなチャレンジです。
今まで最長距離は16km程度。
途中でタイヤがパンクしたり、さまざまなハプニングもありました。
特に一番キツかったのは、上り坂です。
固定ギアだったので、自分の脚だけをたよりにペダルを漕ぎます。
そんなとっても過酷できつい状況が続き体に負荷がかかった状態続いたのに、とても気持ちよい、快楽的な感覚を得ることができました。
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このように、とってもきつい運動、自分の身体に負担をかけているのになぜ気持ちよくなるのか?
そもそも私が行った長距離の自転車トリップやウルトラマラソンなど、経験を要するような、ものすごい距離を走らないと経験できないものなのでしょうか?
なぜランナーズハイになるのか、考えたことありますか?
きつい運動、自分の身体に負担をかけているのになんで気持ちよくなるの?
人間の身体は歩くために、走るためにつくられたもの、という話を「Born to Run」を読んだ人はすでに聞いたことがあるかもしれません。
私たちの身体は他の動物と違って、長ーい間走れる身体に神様がつくってくれている。
例えば、長い間獲物の鹿を追いかけても、私たちは汗をかくことで体温を調整できますが、鹿はできません。しっかりとした骨盤があったり、走っても頭が左右に揺れたりすることがない作りにもなっています。
この進化のおかげで私たちは生き延びることができました。
ランナーズハイについて、世の中には多くの理論があります。
「The Story of the Human Body」を書いたDaniel Lieberman教授は、ランナーズハイについて、
”マラソンなどの持久力運動(endurance exercise)は現代では運動としてとらえられているが、元々の始まりは私たちの先祖の起源と同じくらい、古ーい歴史をもつものだ。”
といっています。
つまりは、このランナーズハイも、先祖たちが生き残りために必要だったものということです。
走り回ると喜びが得られるというこのシステムのおかげで、獲物を狩ることができ、生き延びることができたのでしょうか?
多くの科学者は、このランナーズハイは運動することでエンドルフィンというホルモンが放出されることが原因だと考えているが、
アメリカのアリゾナ大学の人類学者、そしてランナーでもあるDavid Richlenは、そうじゃない、これはEndocannabinoids(エンドカンナビノイド)が原因だ!と主張しています。
エンドカンナビノイドってなに?
マリファナや大麻にも含まれる化学物質とほぼ同じな脳内化学物質です。
痛みを和らげたり、心配事をとっぱらってくれたり、ハイにしてくれたり、そんな効果があります。
これを証明するために、Davidさんは以下の実験を行いました。
<実験>
違った強度で被験者をトレッドミルの上で走らせ、運動前と後の血中のendocannabinoidsの量を調べた。
ゆっくりウォークを30分ー>なにも変化なし。
激しいダッシュを30分ー>変化なし
ジョギングーを30分>なんと、endocanabinoidsの量が3倍に!!
Davidさんは、”2百万年前の我々の先祖が狩をしたり、植物集めをしたりするのと同じ強度の運動をすることに対して我々の脳は報酬を与えてくれるに違いない!”と仮説を立てました。
ちょっと待てよ、持久力を使って狩をするのは人間だけじゃない!犬もそうじゃん!
犬と同時に、夜行性のファレット(狩りをしない動物)を比べてみました。その結果
犬ー>endocannabinoidsの量が増えた。
ファレットー>変化なし
という結果になりました。
ランナーズハイになるには、ランニング自体が大切なのではなくて、継続した強すぎない強度がかかることが鍵!
ペース、距離、運動のタイプは関係ない。
運動初心者でもベテランでも、
とにかくそこそこの強度(少しチャレンジングなこと)を最低20分間続けてみること!
これこそがランナーズハイ(endocannabinoids)を作り出すレシピだったのです。
そんな結果をもとに、そもそも「ランナーズハイ」というネーミング自体ピッタリではないように感じてきました。
なので、著者のKellyさんは「Persistent High」という新しいネーミングを考えだしました。

運動に中毒性はあるのか?
1960年代後半にブルックリンの精神科医フレドリック医師はある問題に悩まされていました。
運動と睡眠の関係を調べる実験のために、定期的に運動を行っている成人で研究のために、30日間なにもエクサイズをしないでいてくれる被験者を探していました。
しかし問題は、引き受けてくれる人が誰も見つけることができなかったことでした。
報酬を高くしても、なかなかだれも引き受けてくれませんでした。引き受けたとしても、我慢できなくなり、つい運動しちゃう人がほとんどで、実験にならなかったようです。
このような話が人ごとに聞こえない人も多いのではないでしょうか?
一度運動にすることが習慣になると、休息が必要だと分かっていてもつい走りに行ってしまう。
運動することには中毒性があるのでしょうか?
そもそもなぜ人間は中毒になるのか?
コカインやヘロインなどの麻薬を初めて使うと、急激なドーパミンの上昇を起こします。
これを脳の神経伝達物質が”報酬”だととらえます。
そしてこのドーパミンがあなたに、”どんなことをしても、またこの感覚を得るのだ!”と命令します!
さらにこういった麻薬は、エンドルフィンやセロトニンといった脳内ハッピーホルモンも同時に上昇させます。
脳はこれを”報酬システム”だと覚えます。
こうやってあなたは中毒になっていきます。
こうなってきて怖いのは、人はというか脳は一番最初にこの感覚を味合わせてくれたものに対して一途になるところです。
ヘロイン中毒者はいつもヘロイン、コカイン中毒者はコカイン、というようになり、ほかのドーパミンを与えてくれることに、無関心になることです。
この中毒が長く続き、ドラッグによるドーパミンの異常なラッシュが続くと、身体に異変が起こり始めます。
脳の中にドーパミンやエンドルフィンをいれるお風呂があるとしましょう。
異常なラッシュにより、増えすぎたドーパミンやエンドルフィンをお風呂からだすために、お風呂の栓を抜きます。そのようなシステムが働き出します。これをアンチ報酬システムとよびましょう。
このアンチ報酬システムが何度か続くと、身体はドーパミンやエンドルフィンが新しく入って来ていない時でもつねにお風呂のせんを抜いた状態のままにしてしまうのです。
こうなってくると。うつ、やる気がでない。魂の抜けた人間になってしまいます。

運動による報酬システム
はたして、運動もこのような原理で、私たちを中毒にさせているのでしょうか?
多くの科学者がこの謎について調べました。
その答えは、複雑です。たしかに麻薬中毒の原理と似ている点はあるが、全てが一緒ではない。
運動も麻薬と同じように、エンドルフィンやセロトニンを上昇させます。
そして繰り返すことにより、脳に報酬システムを叩き込む、つまりは、中毒にさせます。
しかし、麻薬との大きな違いは、
報酬システムが身につくまでにかかる時間だ。
実験用ラットに1日10キロを1ヶ月走らせたところ、脳のドーパミンへの反応が、コカインを取らせた時と同じだったそうです。
しかし、6週間たってやっと脳内の神経系に、この報酬システムが身についたようです。
その他の実験でも人間にジムでの運動を習慣化させるためには、最低週4回を6週間つづけないといけない、という結果もでているようです。
これは、運動は麻薬と比べて、ドーパミンやエンドルフィンなどのハッピー脳内物質がそんなに急激ではないことも理由のひとつのようです。
グリーンエクササイズ
学生時代に付き合って人に振られてしまった時のことです。
とても落ち込み悲しんでいた。失恋をしたことがある人がわかると思いますが、もうこの世のすべてのものが意味のないもののように思えてきますよね。
そんなある日ふと、公園に走りに行ってみました。
たくさんの木々、ちょっとした池、鳥のさえずりなどが聞こえてくる、ちょっと大きめの公園。
走り初めてすぐに、振られて落ち込んでいた自分は、なんて小さなことで落ち込んでいたんだ!と思えてきたのです。
まだこれからの人生たくさん楽しいことがある。この地球にはたくさんの美しい場所が、訪れたい場所があるじゃないか!
とにかく希望に満ち溢れたんですね。

自然に囲まれた環境で運動を行うことを”Green Exercise(グリーンエクササイズ)”といいます。
このグリーンエクササイズを行うことで、ムードが向上した、だけではなく、別人になったような気分、と報告する人も多いのです。
さらに、多くの人がグリーンエクササイズを初めてたった5分程度で、この効果を感じていると報告しています。
そう、ランナーズハイはpersistent highともよばれるように20分かかりますが、グリーンエクササイズのすごいところはこの効果はすぐに現れるということです。
あるオーストラリアの研究では、自殺を試みたことがある患者さんに対して、
医療的な治療に、登山を加えることで、患者の自殺願望を減らすことに成功した、との報告もあるくらいです。
果たして、なぜグリーンエクササイズを行うことで、このようなことが起きるのでしょうか?
それは、私たちの脳が持つ”デフォルトモードネットワーク”という働きが深く関係しているのです。
脳のデフォルトモードネットワークとは?
数学の問題を解いたり、言語を暗記したり、パズルを解いたり、こういった活動をしている時に脳のどの部分が使われているか、など
これを観察する実験は多かったのですが、私たちが特になにもしていない時、つまりはぼーっと休んでいる時、脳はどんな働きをするのか?
これを見つけるための実験でおよそ20年前に発見されたのが、この脳のデフォルトモードネットワーク。

そしてさらに面白いのが、なんとこのデフォルトモードの状態の時、脳は休んでいるわけではないということなのです。
デフォルトモードの時、記憶、言語、感情などに関係する脳のシステムの多くはアクティブな状態。
なにをしているかというと、過去の記憶を自分の中で映画のようにリプレーしたり、自分と対話をしだしたり、将来のことを考えたりするのです。
特にデフォルトモードは、自分のことを考えることが大好きなのです。
デフォルトモードは、私たちが生きていく上でなくてはならないものです。
アルツハイマー症状が発達している人の多くは、このデフォルトモードがうまく機能していないために、個々としての自分という位置付けができなくなってしまいます。
しかし、このデフォルトモードにも、難点があります。
1番の特徴として、過去の辛い思い出に浸る、自己他人批判・心配事を正当化する、ことが大好きなのです。
やっかいなことに、こういったことが脳の報酬システムとの繋がりが強まってしまう可能性があることです。
過去の思い出に浸ったり、自分の将来のことを考えたりすることで得られる感覚に、中毒になってしまうことがあります。
本を読んだり、映画をみたり、仕事をしたり、なにかに集中すると、このデフォルトモードはオフになります。
うつ病の原因は、このスイッチのオン・オフがうまくできないこととも言われています。
デフォルトモードネットワークをオフにするには?
デフォルトモードのスイッチをオフにする効果的な方法の一つが、瞑想。
なにもしないから、デフォルトモードにはいっちゃわない?と思ってしまいがちなのですが、
瞑想は、自分の呼吸、身体におこる感覚に意識を集中することができるアクティビティです。
瞑想なんてまだ私にはできない、、、そんな人は心配なく。
瞑想と同じく、デフォルトモードのスイッチをすぐにオフにしてくるのが、グリーンエクササイズなのです。
アメリカのスタンフォード大学の研究者は、被験者を2つのグループにわけ、
ひとつのグループは大自然の中でのハイキング、
もう一つはシリコンバレーの忙しい街中を歩かせ、ウォーキング前と後で、脳の活動をMRIで観察しました。
自然の中をウォーキングした被験者のfMRIで、自己批判、自分のことにについて深く考える、ことに深く関係する脳のエリアの活動が弱まったという結果がでたようです。
この効果は、もともとうつ気味だった人がそうでない人より、大きかったようです。
グリーンエクササイズの効果はわざわざ山まで行って登山をする必要もなく、
緑のある公園や池の周りを歩くだけでも得ることができます。
希望の分子
ウルトラマラソン。それは、フルマラソン以上の距離(42.195km)の大会のことをさします。
なかには100キロを超えたり、24時間以上走り続けるような大会もあります。
この世界には、人間には不可能と思われたことをやってのけてしまうウルトラマラソンランナーがたくさんいます。
こういったウルトラマラソンランナーは、もともと100キロ走り続けることができる身体と根性をもっていたのでしょうか?
それとも、”走る”という行動、そしてトレーニングがこれを可能にしたのでしょうか?
最近の研究で、運動をするひとみんなの希望となる、あらたな発見が、これの答えとなりそうです。
2015年にドイツのthe Center for Space Medicine and Extreme Environmentsの科学者は、
カナダで開催される,世界で最も寒くて長いウルトラマラソン大会、Yukon Arctic Ultraマラソン大会を走ったアスリートを観察しました。(参考:SERUM MYOKINE LEVELS DURING THE 430 MILE YUKON ARCTIC ULTRA )
”なぜアスリートはこの過酷なレースを走りきれるのか”それをみつけるための研究です。
アスリートの血液テストをしている時に、あるホルモンの量が急激に上昇していることに気づいたのです。
このホルモンはアイリジン。
アイリジンは、身体が脂肪をエナジーとして燃やすことを助けてくれることでよく知られるホルモンだが、
実は脳とも深い関わりがあり、特に脳の報酬システムを刺激します。
そのため、アイリジンの量が低いとうつ病になったり、逆に量が増えるとモチベーションアップ、学習能力アップに繋がります。
すでにマウス実験では、アイリジンをマウスの脳に注入することで、うつ病解消につながることが証明されており、
科学者たちはアルツハイマーの治療にも繋がるのでは、と考えられています。
凍結をするような天候の中、そして長時間におよぶ運動からの疲労感なんて関係なく、
アスリートの脳はこのアイリジンにどっぷりつかったような状態のように、量が増えていたのです。
しかしいったいどのようにして、このアイリジンの量が急激に増え続けたのか?
アイリジンは別名、”エクササイズホルモン”とも呼ばれ、
主に骨格筋などの筋肉が分泌するホルモンの総称、”マイオカイン”のうちの一つです。
骨格筋が体重に占める割合は約40%。
以前は体を動かすための組織だとしか考えられていなかったのが、
実はホルモンを出すことが最近の研究で明らかになり、多くの研究者が注目する分野でもあります。
アイリシンをはじめとするマイオカインは、
運動をすると筋肉が生産し、血中を流れ、脳を始めとする様々な身体の器官にとどけられます。
運動が健康をもたらすことは,複数の疫学研究で明らかにされており,疑いようもない事実です。
しかし,運動がなぜ健康をもたらすかについては,驚くほどわかっていないのです。
これまで,運動の効果は主に脂肪が減少することにより,全身性の慢性的な炎症が改善された副次的な効果であると考えられてきました.
しかし,運動には脂肪の減少のみではかならずしも証明できない効果も複数あります。
この運動の健康効果の原因となるのが、マイオカインだと、多くの科学者は信じて、研究を続けています。
すでに運動をすることによって生産されたマイオカインによって、
筋肉量増加、血糖値の抑制、炎症の抑制、さらに癌細胞を殺す、といった効果が発見されています。
こういった驚きの効果から、科学者たちはマイオカインのことを、Hope Molecule (希望の分子)とよんでいます。
さあ、このマイオカインを生産するのに、あなたも100キロのウルトラマラソンに参加しないといけないのでしょうか。
その必要なありません。
2018年に行われた研究では、1時間の自転車エクササイズあとに、太腿から35種類ものマイオキンが生産されたのが観察されました。
マイオキンはどんな運動であっても、筋肉をつかうものであれば必ず生産されるようです。
ランニング、ウォーキング、ハイキング、リフティング、ダンス、なんでもいいのです。
そして、その量は限界に挑戦すればするほど、増えていくようです。
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