『ワンダー 君は太陽』感想|映画を観て、小説まで読みたくなる物語。人として大切なこと。


映画を観て、小説まで楽しめる。そんな作品にはなかなか出会えないけれど、『ワンダー 君は太陽』はまさにそれだった。
ジュリア・ロバーツが母親役を演じ、『ウォールフラワー』を自身で脚本・監督した、スティーヴン・チョボスキーが監督のこの映画、観終わったあと勢いで原作小説も読んでしまった。それくらい、心に残るものがあった作品だったので、今回は感想を書いておきたい。
作品概要|世界的ベストセラーの映画化
項目 | 詳細 |
邦題 | ワンダー 君は太陽 |
原題 | Wonder |
公開 | 2017年(日本公開:2018年6月15日) |
監督 | スティーヴン・チョボスキー |
原作 | R・J・パラシオ「ワンダー」(世界累計1500万部超) |
主なキャスト | ジェイコブ・トレンブレイ(オギー)/ジュリア・ロバーツ(母イザベル)/オーウェン・ウィルソン(父ネート) |
『ワンダー 君は太陽』のあらすじ
生まれつき人と異なる顔をもつ少年オギー。これまでずっと学校に通わず、自宅で母イザベルと勉強を続けてきた。
イザベルは、夫や姉の「まだ早いのでは」という反対を押し切り、オギーを5年生の新学期から私立の小学校へ通わせることを決める。
好奇の目や偏見にさらされ、最初はうまくクラスに馴染めず、いじめのようなことも経験するオギー。それでも自分の個性を武器に変え、少しずつ強くたくましくなっていく、そんな成長物語だ。
おすすめポイント①|映画のほうが「母の葛藤」が濃く描かれている
原作と映画、両方に触れて感じたのは、イザベル役のジュリア・ロバーツの描かれ方が、映画のほうが厚いということだ。
生まれつき人と違う顔で生まれた我が子を、心配しない親などいない。イザベルも当然、オギーのことが心配でたまらない。それでも「強くたくましくなってほしい」という思いから、あえて厳しく背中を押すシーンが、映画では多く描かれている。
心配な気持ちを抑え込みながら、それでも我が子を信じて世界に押し出す。その母親としての葛藤が丁寧に映像化されていて、観ていて胸に迫るものがあった。
単純にジュリア・ロバーツのような大スターを配役しているので、彼女の出演時間を長くする必要があったという理由もあるだろうが。
おすすめポイント②|「視点」の大切さを教えてくれる物語。
原作と映画、両方で共通しているのが「様々な登場人物の目線から1つの物語が語られる」というスタイルだ。主役はオギーなのだが、オギーを取り巻く人々目線の話も同じくらい時間を設けて語られる。例えば、オギーの姉のオリビア、そしてオリビアの親友のミランダ。家族一員同様に親しい仲のミランダだが、あることがきっかけでオリビアを避けるようになる。オリビアはなぜミランダに距離を置かれるようになったのか分からず、気まずい仲になってしまう。
人間のやり取りの面白くも難しいところは、1つの出来事でも視点を変えることで全く違うものになってしまうところ。また、相手が何を考えているか分からないもどかしさ、相手を傷つけたくないからこそしてしまう発言や行動。その複雑さがよく描かれている。各キャラクターたちの視点で物語を客観的にみれる読者は、彼らを応援せずにはいられない。
おすすめポイント③|映画から本へ。原作小説シリーズを読むと、いじめっ子側の景色が見えてくる。
これがこの作品を語るうえで一番おすすめしたいポイントなのだが、原作小説はシリーズになっていて、1作目でオギーをいじめていた子どもや、オギーの親友となる子、そしてクラスのリーダー的女の子、それぞれが続編では主役になる。オギーに影響を受けたキャラクター達だ。
例えば、いじめっ子のジュリアン。1作目を読んでいる(観ている)ときは、「なんだこいつ、オギーをいじめて嫌な奴だな」としか思えない。ところが続編では視点が変わり、そのいじめっ子自身の家庭環境や日々の葛藤が描かれる。彼にも彼なりの事情があったことが分かってくるのだ。
同じ出来事でも、見る視点が変われば印象はガラッと変わる。そのことを静かに、でも強く実感させてくれるシリーズだった。
これは現実世界でも実は役に立つ考えでもある。例えば、道でぶつかられたのに舌打ちをされてしまうとする。普通だとイラッとしてしまうが、「もしかしたら、この人に今朝可哀想な出来事が起きてしまったのかもしれない。」と勝手に別の視点の妄想をすると、無駄な怒りが収まることがある。
原作小説シリーズ
①『ワンダー』 すべての始まりとなる第1作。オギーの視点を中心に、彼を取り巻く家族やクラスメイトの姿が描かれる。まずはここから。
②『もうひとつのワンダー』(原題:Auggie & Me) 1作目には描かれなかった、脇役3人それぞれの視点で語られる短編集。中でも収録されている、
いじめっ子だったジュリアンの章
オギーの幼なじみクリストファーの章
案内役だったシャーロットの章(3番目に収録)
この3本が入っていて、特にジュリアンの章を読むと、1作目で抱いた「嫌な奴」という印象がガラッと変わる。彼にも彼なりの家庭の事情があったことが分かる構成になっている。
実はこの本、著者のR・J・パラシオは当初「続編は書かない」つもりでいたそうだ。ところが『ワンダー』刊行後、米国で「ジュリアンになるな(Don't be like Julian)」という運動が起こったことに違和感を持ち、「ジュリアンにはジュリアンが語るべき物語がある」と、本作を書くことを決めたという。いじめっ子を一方的に断罪する空気に対する、著者なりの応答だったわけだ。そう知ってから読むと、この本の重みが少し変わってくる。
③『ホワイトバード』
ジュリアンをさらに主役に据えたスピンオフ。ジュリアンの祖母サラが、ナチス占領下のフランスで体験した過去を語る物語で、ジュリアンの再生を描く一冊。2024年には映画化もされている(邦題『ホワイトバード はじまりのワンダー』)。ジュリアンの章を読んで気になり、こちらも手に取った。いじめっ子だった少年が、家族の重い過去と向き合いながら再生していく姿に、もう一段深く胸を打たれた。
『ワンダー 君は太陽』どんな人におすすめか
お子さんがいる方
春から子どもを新しい学校に送り出す方
「人と違うこと」に悩んだ経験がある方
感動の涙を流したい方
新学期に、少し勇気がほしいときに観てほしい一作。ぜひ手に取ってみてほしい。
さいごに
『ワンダー 君は太陽』は、見た目の違いといじめというテーマを扱いながらも、押しつけがましくなく、家族の愛と成長をまっすぐに描いた作品だった。
映画だけでも十分に良い作品だが、原作小説シリーズまで読むことで、一つの物語がもっと立体的に見えてくる。映画を観て、小説まで楽しめる。そんな体験を、ぜひ味わってみてほしい。
























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